名前: Evangelos Odysseas Papathanassiou
出生年月日: 03/29/1943
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ヴァンゲリス(Vangelis、Βαγγέλης、本名・エヴァンゲロ・オディスィア・パパサナスィウ(後述)、Ευάγγελος Οδυσσέας Παπαθανασίου、Evangelos Odysseas Papathanassiou 1943年3月29日 - )は、ギリシャの音楽家(シンセサイザー奏者・作曲家)。
1970年代から現在まで、多方面にわたって世界的に活動している音楽家。
アメリカでは映画『炎のランナー』の音楽が1982年3月に発表された第54回アカデミー賞オリジナル作曲賞を受賞し、同年ビルボードアルバム及びシングルでチャート1位を獲得、また1982年のリドリー・スコット監督の映画『ブレードランナー』の音楽を担当している。
活動拠点であるヨーロッパでは、1974年に報道されたイエスへの加入騒動以前からソロ・アルバムをリリースしている。1992年のリドリー・スコット監督作品『1492 コロンブス』のサウンドトラック盤はドイツでアルバムが100万枚、シングル・カットされた「新大陸発見/コロンブスのテーマ」が150万枚売れた他、欧州17ヶ国でゴールド・ディスク/プラチナ・ディスクを獲得しており、『炎のランナー』を凌ぐヒットとなった。
オリジナル・アルバムや映画音楽アルバムの他、テレビ音楽、舞台音楽なども多数手がけている。カール・セーガン制作のテレビドキュメンタリー『COSMOS(コスモス・宇宙)』でも、作品が印象的に使用された(テーマ曲として使用されたアルバム『天国と地獄』からの一節や、アルバム『反射率0.39』に収録されている「アルファ」等)。
日本では上記のCOSMOSを初め、邦画『南極物語』の音楽、さらに日韓同時開催となった2002 FIFAワールドカップの公式アンセムがオリコンでシングルベスト10圏内に入った事などでも知られている(後述)。
近年は、より国際的なイベントに関わる様になり、2000年のシドニーオリンピックの閉会式でオーストラリアからギリシャへオリンピックの旗を引き継ぐ際の音楽と指揮を担当、さらに2004年のアテネオリンピックでは公式エンブレムに付随するロゴ音楽も手がけている。また、2001年にはNASAの火星探査計画の一つである2001マーズ・オデッセイのテーマ音楽を担当、それに関連してアテネのゼウス神殿で催行されたライブ・イベント「Mythodea」を手がける等の活動を行っている。
略歴 [編集]
ギリシャ中部の港町ヴォロス(Volos)で、画家の父親と音楽家の母親の下に生まれる。4歳から独学でピアノと作曲を始め、6歳にして自作の演奏会を開いたと伝えられる。高校時代からプロとしての音楽活動を開始、ジャズバンドでヴァイブスやピアノ、オルガンなどを演奏した。高校卒業後、音楽学校等には進まず美術学校で映画と美術を学んだ。
1963年にアテネでポップバンド「フォーミンクス」を結成し、多数のシングルを発表、ギリシャ国内でヒットする。
その後、デミス・ルソス(Demis Roussos, ベースとヴォーカル)、ルカス・シデラス(Loukas Sideras, ドラムス)、Argyris Koulouris(ギター)らとThe Papathanassiou Setを結成、シンガーのバックなどを務める。
1967年、『5000 Lies』の音楽で初めて映画作品に関わる。
1968年、軍事クーデターを機に国際的な活躍の場を求め、デミス、ルカスとロンドンを目指すが、労働ビザ不所持のため入国拒否となり本来経由地であったフランスに逆送され同地に留まることを余儀なくされる。その為3人はアフロディテス・チャイルド(Aphrodite's Child)を結成、シングル「Rain and Tears」(「雨と涙」)を発表したところ大ヒット。そこでパリに居を定め、レコード会社と正式契約し、その後「I Want to Live」, 「Spring, Summer, Winter and Fall」などのヒットを放つ。1969年にはサンレモ音楽祭にも参加、欧州を中心に人気を集めるが、アルバム『End of the World』と『It's Five O'Clock』を発表後、音楽性をめぐるメンバー間の対立から解散状態となる。しかし、レコード会社との契約を果たすため1972年に一時的に再結成し、『新約聖書』の「ヨハネの黙示録」を題材にした2枚組アルバム『666』を制作した。
以後、ソロ活動が本格化。パリを本拠に映画音楽やオリジナル作品を発表し、1973年には初の個人名義によるオリジナル・アルバム『アース』をヨーロッパでリリースする。1974年、ロンドンで個人スタジオNEMO(ニーモ)を開設、大手レコード会社RCAレコードと契約を結び、1975年の『天国と地獄』を初め、世界展開で作品群を続々とリリースする。なお、1974年にはリック・ウェイクマン(キーボード)の後任としてイエス(YES)加入を打診されているが、創作活動の制限を懸念したほか、ユニオン問題もあり、加入を断っている。しかし、この時からジョン・アンダーソン(Jon Anderson)との交遊が始まり、以後、相互のアルバムにゲスト参加するなどの交流が行われ、1979年以降はJon & Vangelis名義でアルバムを共同制作/リリースしている。1980年代になると、映画『炎のランナー』(1981年)や『ブレードランナー』(1982年)、さらに日本では『南極物語』(1983年)等のサウンドトラックを手がけて話題となる。
1980年代半ばに拠点を再度パリに移すも、1989年にギリシャへ帰国。以後アテネに居を定め創作活動を続けている。
音楽性 [編集]
ソース: Wikipedia. 伝記 »
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